成瀬が感想を綴るブログ

様々な作品の感想を綴るだけのブログ。

『重力ピエロ』(伊坂幸太郎/新潮文庫)

※一部ネタバレ表現があります。ご注意ください。

 

読んだ日:2021.1.22

 

 

◯はじめに

作家買いしたくなった

伊坂幸太郎さんは中学の頃に『死神の精度』『死神の浮力』を読んだきりだったけど、こんなに洒落た作品書く方だったんだなあ。

1冊を読んだだけで様々な映画や音楽や小説を知ることができる作品は、少し得をした気分になるので読み終わった後の充足感が良い。これらを自分の作品に組み込めるだけの知識があるというのも素敵。他の作品も読んでみたいなあ。

 

◯好きなところ

・「家族」とミステリー

読み進めていくうちに謎がどんどん解けていって、ミステリーとしてもとても楽しめた。最初に敷かれていた伏線が徐々に回収されていく部分もあれば、急にパッと真実が明かされる部分もあって、その度にあの叙述はそういうことか、あの発言はそういうことかと気持ちの良い納得感があった。素敵。

グラフィックアートと放火事件、たまたまアミノ酸で繋がった事柄も、フィクションの中では偶然でも作家は意図して作っているわけで、なんてことだと思いました。

この作品で重要になる「家族」というテーマだけど、それを「家族の絆」とか「感動の結末」とか綺麗な言葉で表現するのはなんだか違うなと思うのよな。私の価値観として、悪事それ自体を美しい言葉で飾って正当化するのは好きじゃないのだけど、それでもこの作品の「家族」はとても素敵だなと思った。

表現が難しいな。絆を感じられたとか、血の繋がりは関係ないとか、感動したとか、そんな言葉で表現するとこの作品の魅力が急になくなってしまう気がする。そんな一言で表すのは、春の十年以上には不釣り合いだ。だけど、そういう一言で表されたほうが、あの複雑な家族は幸せなのかもしれない。

ハッピーエンドに見えても本質は救いのない作品が好きなので、そういう意味でとても私向けな作品だなと思いました。

 

・キャラクターが素敵

諧謔やブリティッシュ・ジョーク的なものを扱うキャラクターにどうしようもなく惹かれてしまう。どうやら伊坂作品にはこういったキャラクターがよく出てくるらしいので、とりあえず気になる作品を集めてみたい。

遺伝子という超科学的な、それでいて超自然的な分野と、生殖、繋がり、死。

執着しているようで、執着していなくて、けれど執着的なまでに追い求めあるいは巻き込む。

泉水と春の会話がとても楽しくて、おもしろいんだ。彼らに影響を与えている両親の会話も楽しくて、会話文が楽しい小説というのはとても良いものですね。

謎の美人も、優秀な探偵も、クセしかなくて最高。葛城てめえは駄目だ。

 

・センスが良い

この小説のタイトルに『重力ピエロ』と付けたのも、小見出しのようなそれぞれの単語も、ただただセンスが良いなと思いました。この作品の中で様々な単語や事象が出てくるけれど、その中で『重力ピエロ』なんだなと。良い。

あと小説の、見え方を意識して文章を書いているところもお洒落だなと思って。それをしているしていないで小説のおもしろさへの影響は特にない(と私は思う)のだけど、それはそれとして小説を文字の羅列ではなく「観るもの」としても意識している。もしかしたら意識してではないのかもしれないけれど、結果的に読者が目を惹きつけられる表現になっていて、そういうの好きです。

前半出てきた単語をそれとは違う意味として後半に出してくる。オタクが好きなやつじゃん…と唸らずにはいられなかった。

最初は本屋で冒頭数ページ読んで、男女間での暴力の描写は痛くて苦手だからやめとこうかなとも思ったのだけど、あの時心の隅に湧いた興味に従ってレジに持って行った自分を褒めてあげたい。良い小説を買ったぞ。

 

◯あんまり好きじゃないところ

・宣伝文句というか

重複なのだが、この作品を綺麗な言葉で表現するのはやっぱり相応しくないと思う。けれど新潮文庫のあらすじには「感動」という言葉が用いられていて、なんだか好きじゃないなと思いました。

たぶん私が購入を躊躇した理由のひとつでもあると思うんだよ。感動の物語は求めていないんだよな、と。どちらかというと伊坂幸太郎公式HPのあらすじ(https://isakakotaro.ctbctb.com/books/%25e9%2587%258d%25e5%258a%259b%25e3%2583%2594%25e3%2582%25a8%25e3%2583%25ad/)のほうがぴったりですね。著者のHPなのだから当たり前と言えば当たり前だが。

 

インパクトが少なかったような

良い悪いではないし「好きじゃない」と言うほどでもないのでここに書くべきではないのかもしれないけれど、この作品から強烈なインパクトを与えられたか、と訊かれるとうーんと思ってしまう。これを原作にした連続ドラマを作ったら人気が出そうだな、と思ったので、そういう意味ではエンタメ的だという印象かな。

どちらかと言えば普段あまり小説を読まない人の方が、伊坂幸太郎作品はオススメなのかもしれないなと思いました。

むしろ読みやすさを意識して書いているのかもしれないな。よく名前を聞く作家さんだし、ということは万人受けもしているのだろうという勝手なイメージ。

わからない。比較的よく小説を読む私の感じる「普段読まない人も読みやすそう」なので、そう言うなら読んでみよう、と普段読まない人が読んだら読みにくいのかもしれない。おもしろさは間違いないので興味があれば是非。

 

◯おわりに

・目には目を 歯には歯を

この理論なら命には命をもって償うべきなのに、1人の(場合によっては複数の)命を奪っても奪った側は奪われないのが現実。ずっと疑ったことなんてなかったけど、この小説を読み終わった後には酷くこの現実が信じられなくなってしまった。

消えた命は生きている命よりも軽くなってしまうのか。未来がないから。

法律ってなんだろうな、なんてことを考えたのでした。良い作品を読んだ。