『追想五断章』(米澤穂信/集英社)
※一部ネタバレ表現があります。ご注意ください。
読んだ日:2020.8.11
◯はじめに
・求めていたのはこれだった
想像以上の良さに驚いた。米澤先生の作品は『愚者のエンドロール』を中学時代に読んだきりだったのだけど、当時どっぷりミステリに浸かっていた私がこの作風を好きにならないわけがなかったんだなと数年越しに気づいた。いうてまあシリーズで読んでたわけでもないのだけど。久しぶりにこの感じ味わったなあ。
短編集とかって触れ込みに惹かれて読もうと思った気がするのだけど、別に短編集ではなかった。故に夜中にやってる自担の冠番組が始まるまでの暇つぶしに読み始めたのだけど、番組始まるまでに読み切れなくて、観終わった後に夜更かしして読了しました。
毎週火曜深夜にTBSさんでやってる「パパジャニWEST」をよろしくお願いします。
◯好きなところ
・まず文章が好き
文章が好きなんだと思う。うまく表現できないのだけど、何か引っかかるわけでもなく、とても感心するわけでもなく、でも「これ好きだな」って思う文章をしている。読みやすいと言うべきなのかな。「はじめに」で言った通り短編集だと思って表紙開いたから、短編集じゃなかったことに(お?)と思いはすれど、それ以外の取っ掛かりもなくただただ好きなやつだと思った。
本編の文章も好きなのだけど、叶黒白の文章が特に好きで、もっと言うなら北里参吾の言葉がとても好きなんですよ。彼のキャラクターがあって、ゆえに叶黒白の小説がかくあるという、その流れがしっかりしている。やっぱり諧謔を楽しむキャラクターが好きなんだな。私はな。オタクだからな。
私は小説を言葉として読めないので、特にこの表現めっちゃ好きとかがない限りあまり文章表現に言及はしないのだが、この作品における「この表現めっちゃ好き」はたぶん叶黒白及び北里参吾の文章なのだと思う。好きです。
・ミステリとしてしっかりしている
私がミステリをがっつり読んでいたのは本の沼に浸かりたての頃で、最近はあまり読まなくなっていたのだけど、久しぶりに読んで改めてミステリってこうだよな、みたいなある種の爽快感を得た。
近頃読んだことのあるミステリは、謎解きに重きを置きすぎたものか、青春小説であることにこだわったものか、あるいはどっちつかずで中途半端なものばかりだったので、とても久しぶりにがっつりミステリを読んだ気がした。
謎解きに重きを置きすぎて人々の相関図や周囲の環境等を軽視することはなく、しかし読みながら読者自身が叶黒白の掌編の意味や、冒頭の夢の意味を推理することができる。推理できるだけの材料が散りばめられている。読み進めるうちに徐々に真相に感づいていって、最後の結末が突飛すぎることもなく、読了後に納得と爽快感を得ることができる。何度も言うようだけどやっぱり、ミステリってこうだよなぁ~~~!!!!!とニヤけてしまう作品でした。
◯あんまり好きじゃないところ
・特になし
いろいろ考えたけど特になかった。
以下はただの戯言なので聞き流していただいて構わないのだが、謎解きが好きな人間として、謎解きという観点から話をするなら、各掌編と結末の1行がどっかの章に全部まとめて載ってたら推理も楽だったのになぁ~と思いました。まあそれなら小説である意味が破綻するので、そうやって出されてたとしたら逆に(いや謎解きに依りすぎやろ…)て不満を言ったと思う。
本当に、いろいろこねて考えてもこの程度の好きじゃなさしか出て来なかったです。とても良いものを読んだ。
◯おわりに
・以上は久しぶりにミステリを読んだ人間の感想であるからして
ミステリをずっと好きで読んでるみたいな人がこのブログ読んだら、なんか大層な感想やなと思うのかもしれないけれど、普段あまりミステリに触れない人にはとっても良いと思う。あと小説が好きな人。小説による謎解きだったからより楽しめたのかもしれないな。
しかしまあ、良いものを読んだ。ありがとうございました。